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2014-09-19

【フィジー】総選挙で民政復帰も軍政首相残留へ

2006年のクーデターでバイニマラマ海軍代将が政権を握って以降、軍事政権が続き、豪州やニュージーランド、近隣諸国との関係が悪化していたフィジーで昨年、新憲法が公布されたことに基づき、延期を重ねられていた総選挙がクーデター後8年目にしてようやく実施された。新議会は一院制(これまでは複雑なフィジーの部族社会や与野党党首の推薦による英連邦的な方式を反映して上院があったが、廃止された)で、定数は50に減らされるいっぽう、初めて比例代表制(非拘束、5%阻止条項つき)が導入された。これはこれまでのフィジー政治の悪弊の元凶だった「民族別議席割り当て」(フィジーは伝統的先住民のほか、英国統治時代に移民したインド系住民が多く、後者の人口増が伝統的先住民に脅威と映り、その対立が度々の政治対立を引き起こしてきた)の廃止を意味し「1人1票」の民主主義の基本に立ち返ったことを意味する。

Frank_Bainimarama_September_2014.jpg
バイニマラマ首相(海軍代将)

選挙結果は事実上、クーデター以降ずっと軍事政権の首相であったバイニマラマ代将が率いるフィジーファースト党(FFP)が約6割の得票で第1党となり、これにバイニマラマ代将との対立の結果06年のクーデターで追放されたガラセ前首相の流れを汲む社会民主自由党(SDL)が続いた。ほかにインド系の支持者が多い国民連邦党(NFP)が5%条項を突破した。インド系労働運動活動家を党首とする人民民主党(PDP)、かつてインド系初となったチョードリー首相を誕生させたものの先住民急進右派の反発によって政権を追われ、その後にガラセ前首相の急進右派への懐柔策を批判する立場から06年クーデターを支持したため社会主義インターを追放されたフィジー労働党(FLP)は5%条項に及ばなかった。
この結果、フィジーファースト党が政権に就き、バイニマラマ首相が続投することになるとみられる。同党は伝統的先住民主体ながらフィジー労働党の元上院議員などインド系住民も加え、超民族性と国民融和をアピールした。いっぽう社会民主自由党は党名からは進歩的な政党にみえるが、実際はガラセ前首相が首相時代に自らの支持基盤として結成した保守政党「ソコソコ・ドゥアヴァタ・ニ・ルウェニヴァヌア」(統一フィジー党と訳される)の「SDL」の略称を引き継いだだけの伝統的先住民優位を強調する保守政党である。

バイニマラマ首相はこれまで諸外国から民主化の遅れを批判されてきたが、その手腕がなければ複雑なフィジー社会において伝統的先住民とインド系住民の対立を双方が納得する形で克服する国民融和ができなかったことも否めない。ただ現時点では伝統的先住民穏健派のバイニマラマ首相が強力な主導権を握りインド系有力者を一本釣りする形での危うい融和に拠っているとみることもでき、伝統的先住民系保守派である社会民主自由党の善戦もあって、危うい状況が潜在化した先送りされただけに過ぎないともいえる。今後はバイニマラマ政権自身によってフィジーとの関係が悪化した周辺諸国が今回の選挙を民政移管とみるか軍政の実質継続と批判するかが注目されるが、あまりに批判を続けるとバイニマラマ政権はこれまでインド系経済界との関係確立の以外にも中国の経済援助を激増させて対抗してきた経緯もあり、孤立化は周辺諸国にとっても好ましくない。また今後は今回、議席を獲得できなかった労働運動系政党の再興も望まれる。南太平洋の島国は今後も先住民の伝統社会とインド系による移民社会のあいだの荒波に洗われ続けるといえそうだ。
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プロフィール

西形公一

Author:西形公一
もと「民社ゆーす」(旧民社党全国青年部系)事務局長。昔は漫画と法律のことなどをやっていましたが、その後にインド・ネパール・タイなど熱帯アジアの国ぐにとパシュミナを軸とする小口貿易やNPO、研究活動など人とのつながりなどの縁ができて、今に至っています。写真は夕刻のゴア(インド)にて。

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