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2006-11-08

【トルコ】エチェビット元首相が死去

トルコのエチェビット元首相が5日、死去した。エチェビット氏はジャーナリストの出身で、72年に現代トルコを創始したケマル・アタチュルク初代大統領創設の名門中道左派政党・共和人民党(CHP、社会主義インター加盟)の第3代党首となり、74年にはイスラム右派の救国党(のちに首相となるエルバカン党首の政党)と組んで首相となったが、ギリシャ軍事政権のキプロス侵攻に対抗したキプロス出兵後に首相の座を追われる。その後77年、78年に再度、首相となったがトルコ国内極右極左のテロリズムに抗しきれず、80年の軍事クーデターで政治活動を禁止された。
民政移管後もエチェビット氏個人への政治活動禁止処分は解かれず、エチェビット家の支持者で固め民族主義色を強めた別の中道左派政党・民主左翼党(DSP)を創設したが、10%阻止条項などに拒まれ長く党勢は振るわなかった。
98年、エルバカン首相のイスラム右派政党が「政教分離の国是の守り手」を自認する軍部の影響下で解散されるなどの政局混乱のなかで約20年ぶりに暫定首相に復帰し、直後にクルド系過激派・クルド労働者党(PKK)のオジャラン党首をケニヤで強襲し拘束に成功。翌年の総選挙では民主左翼党はその勢いで第1党に躍進し、保守・極右政党と組んで政教分離主義の左右連立政権を樹立した。しかし経済政策に失敗し02年、総選挙で同党は10%阻止条項を大幅に下回る1%強に留まり全議席を喪失。エルバカン政権の失敗に配慮し世俗保守色を強めたイスラム穏健右派・公正発展党(AKP)による現政権(首相はギュル氏からエルドアン現首相に交代)の樹立を許すこととなった。
なお、このときの総選挙で10%条項を突破したのはAKPとCHPの穏健左右2党のみで、他党はすべて議席を獲得できなかったため現在、トルコ国会(1院制、550議席)には2党しか存在しない状態となっている。

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中道左派ではありましたが40年に及ぶ政治経歴をもつ老獪な政治家で「守旧派」の印象があったことは否めません。イスラム右派が伸ばすムスリム諸国での「中道左派」は、いろいろ難しい面がありそうですね。東アジアにも連なる視点かもしれません。
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プロフィール

西形公一

Author:西形公一
もと「民社ゆーす」(旧民社党全国青年部系)事務局長。昔は漫画と法律のことなどをやっていましたが、その後にインド・ネパール・タイなど熱帯アジアの国ぐにとパシュミナを軸とする小口貿易やNPO、研究活動など人とのつながりなどの縁ができて、今に至っています。写真は夕刻のゴア(インド)にて。

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