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2012-12-02

【おくやみ/インド】グジュラル元首相死去

11月30日にインドのインドラ・クマール・グジュラル元首相がデリー郊外グルガオンの病院で死去した。92歳だった。
80年代に国民会議派を離党してジャナタ・ダル(JD)の創設に加わった学者肌の政治家で、第一次ジャナタ・ダル政権では外相を、第二次ジャナタ・ダル政権(統一戦線としての連立政権)でも外相となり、続いてゴウダ前ジャナタ・ダル政権が国民会議派の閣外協力取り下げによって崩壊したのち、97年から98年まで財務相そして首相を兼任した(就任時すでに77歳だった。また、この頃にジャナタ・ダルは社会主義インターに加盟している)。しかしインド人民党(BJP)、国民会議派(INC)、ジャナタ・ダル主導の統一戦線(UF、他に左翼政党や地域政党が加盟していた)の三つ巴の政局のなかで主導権を発揮できず、パキスタンを含めた近隣諸国との関係改善を図った「グジュラル・ドクトリン」を残すなどの成果もあったが、このドクトリンもイスラム武装勢力の侵入を防げなかったという批判がある。個人的には学者肌もあって清廉だったとされるが、閣内や与党の度重なる汚職疑惑、与党連合の分裂への対応に追われ、身動きが取れなかったともいえる。また就任中にインド独立50周年の節目を迎え、それまでの国民会議派・ガンジー中心の史観に基づく式典とは違ってチャンドラ・ボースやアンベードカルを取り上げたこともあった。
首相退任後はジャナタ・ダルの分裂には関わらず、そのまま政界を引退していた。なおグジュラル氏の前の首相であるゴウダ首相はジャナタ・ダル分裂に際して党のカルナータカ州組織を基盤に、党内左派のジャナタ・ダル世俗派(JD-S)を主導している。また次に政権を担ったインド人民党のヴァジパイ首相は就任早々に核実験を行い核武装を宣言、対抗してパキスタンも核実験に踏み切ったことにより、グジュラル氏の外交努力は報われなかったともいえる。
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プロフィール

西形公一

Author:西形公一
もと「民社ゆーす」(旧民社党全国青年部系)事務局長。昔は漫画と法律のことなどをやっていましたが、その後にインド・ネパール・タイなど熱帯アジアの国ぐにとパシュミナを軸とする小口貿易やNPO、研究活動など人とのつながりなどの縁ができて、今に至っています。写真は夕刻のゴア(インド)にて。

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