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2013-06-28

【モンゴル】大統領選で人民党候補敗れる

26日、モンゴルで大統領選挙が行われ、翌27日まで続いた開票の結果、与党第1党・民主党の現職、エルベグドルジ大統領がぎりぎりながら過半数の票を獲得し、決選投票なしで当選を決めた。野党・人民党(旧共産党、社会主義インター加盟政党)の国会議員で元モンゴル相撲横綱のバトエルデネ氏も42%弱と追いすがったが、わずかにおよばなかった。

また、2010年に人民党が旧共産党時代からの党名である人民革命党から党創設時の名称である人民党に復し「社会民主主義」を党の公式イデオロギーとした際、これに反対するエンフバヤル前大統領ら党内左派が人民革命党の継続を宣言し、党が分裂したことも響いた。
その人民革命党は昨年の議会選後、左派ながら中道右派の民主党の政権に参加し、今回大統領選挙には女性のウドヴァル保健相を擁立した。昨年の議会総選挙では人民革命党は民族民主党と連携し「正義の連合」を結成、得票率20%以上を得て躍進したため、今回も台風の目になると見られたが、前回議会選前後にエンフバヤル前大統領が汚職疑惑で摘発され、議会選は「人権侵害・政治弾圧目的の恣意的摘発」として乗り切ったものの、その後に有罪判決が確定し収監されたことで意気消沈したと見られる。議会選で提携した民族民主党も、今回大統領選では最初からエルベグドルジ大統領支持に回っている。

モンゴル人民党 英語サイト
http://mpp.mn/
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2013-06-28

【オーストラリア】労働党首選でギラード首相敗退、ラッド前首相復帰

26日、秋に総選挙を控えたオーストラリアの与党・労働党で党首選挙(上下両院議員による)が行われ、57票を獲得したラッド前首相が45票にとどまったギラード首相を破り、党首に選出された。翌27日、ブライス総督はこの結果を受けてラッド氏を首相に再び任命、2期目のラッド政権がスタートした。敗れたギラード前首相は今期限りでの政界引退を表明した。

党首選は3月にも行われたばかりで、このときはギラード首相の突然の決断により対立候補が出ず無投票となったため、大きなニュースにはならなかった。しかし今回はラッド氏が昨年12年に続く形で出馬を決断、労働党の支持率が4割を切り、小選挙区制(移譲式)の下で惨敗が予想されるなか、一挙に党のイメージ刷新と立て直しを求める党内の不満を結集し、首相交代につなげた。就任直後ということもあるが、首相としての好感度は過半数に達しているという調査も出ている。

だが野党・保守連合は8月にも繰り上げ総選挙を求めており、党の立て直しがならなければラッド政権も短命で終ることになってしまう。第2期ラッド政権には、なんとか労働党を勝利させるための処方箋が求められる。またラッド新首相は中国名を持つなど「親中派」と目されていたが、実際に首相に就任した際は主に資源外交などの分野で中国に強硬な姿勢を見せる場面も目立った。

オーストラリア労働党 公式サイト(英語)
http://www.alp.org.au/

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2013-06-27

【アルバニア】総選挙で社会党系が与党民主党系を破り政権交代

23日、東欧の小国アルバニアで議会総選挙(定数140、3%阻止条項付き比例代表制)が行われた。かつて民主化後に大統領となったものの権威主義傾向を強め、97年にねずみ講破綻による暴動で政権を追われた後に導入された議院内閣制において首相として政権復帰したベリシャ首相の民主党を軸とする中道右派の25党連合「雇用・繁栄・統合のための同盟」と社会党(社会主義インター加盟政党、旧労働党(共産党)が改編)のラマ首都チラナ前市長を先頭に中道左派から左右両派までの37党が幅広く結集した「欧州アルバニアのための同盟」の、事実上の二大政党連合の対決となった。

選挙は直後から双方が勝利を主張し、発砲事件で候補者も含めて死傷者が出るなど緊迫した状況となったが、26日になって選挙管理委員会は野党「欧州アルバニアのための同盟」が84議席を獲得、56議席にとどまった与党「雇用・繁栄・統合のための同盟」に大差をつけて勝利したことを発表した。ほかに両派から分かれた数派が選挙に加わったが3%に及ばず、議席を獲得できなかった。これにより政権交代とラマ新首相の誕生が確実となった。社会党は8年ぶりの政権復帰となる。

前回、2009年の総選挙もベリシャ首相とラマ市長(当時)の対決となったが、どちらも過半数を取れず、ベリシャ首相が社会党分派でメタ元首相が率いる「社会統合運動」を切り崩して連立を維持した経緯がある。しかし今回は「社会統合運動」も「欧州アルバニアのための同盟」に参加した。これらを見る限り、ベリシャ首相は自党・民主党を完全に掌握しているが、社会党は党内有力者のあいだで激しい勢力争いがなされていると推測され、社会党政権の不安要因となっている。事実、ねずみ講破綻による暴動で政権を奪取した社会党は97年から2005年にベリシャ首相に政権を再奪取されるまで、都合6名(うちナノ氏とマイコ氏は2度就任)の首相を出している。

暴力沙汰は発生したものの、選挙管理そのものは改善されたと評価されており、今後「欧州の最貧国」で、しかも世俗的ながらイスラム教徒が多数派のアルバニアがEU加盟に向けた動きを見せられるかがカギとなる。

アルバニア社会党 公式サイト(アルバニア語)
http://www.ps.al/

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2013-06-13

【イタリア】ローマ市長選で民主党候補が勝利

5月26日から27日にかけてイタリアの首都ローマで市長選挙が行われ、過半数の得票を得た候補が出なかったために9日から10日に上位2名、保守系「自由の人民」の現職アレマノ市長と、医師出身の民主党(社会主義インターと重なる「進歩同盟」参加政党)のマリーノ上院議員による決選投票にもつれ込んだ。その結果、マリーノ上院議員が6割以上の得票によってアレマノ市長に圧勝して民主党が「自由の人民」から5年ぶりにローマ市政を奪還することとなり、12日にマリーノ氏が就任、新市長が誕生した。

マリーノ上院議員は5月の第1回投票でも4割以上を得票し、約3割に留まったアレマノ市長を上回っていた。他に反汚職ポピュリストの「五つ星運動」の候補が1割強、モンティ前首相派の中道候補が1割弱で、それぞれ及ばなかった。決選投票は投票率が伸び悩んだため、アレマノ市長は票数をほとんど伸ばすことができず、他候補に投じられた票は決選投票ではマリーノ上院議員に投じられたか、もしくは棄権に回ったことになる。

なおローマ市議会議員選挙(定数40、変則的移譲式)も同時に行われ、マリーノ新市長を支持する民主党中軸の中道左派連合が29議席、アレマノ市長を支持した中道右派連合が11議席を獲得した。「五つ星運動」は議席を得られなかった。

民主党は前身となった政党のうち最大である左翼民主主義者(旧イタリア共産党)が社会主義インターに加盟していたが、旧キリスト教民主党左派との合併による新党としての民主党の発足によりインターへの加盟が中途半端になり、宙に浮いた状態となってしまっていた。しかしその後、民主党はより幅広い勢力の結集をめざす「進歩同盟」の発足に参加、党としての立ち位置を確保した格好となっている。

マリーノ新市長 公式サイト(候補者としてのサイト。イタリア語)
http://www.ignaziomarino.it/

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2013-06-10

【おくやみ/フランス】モーロワ元首相が死去

7日、フランスのモーロワ元首相が死去した。84歳だった。

北フランスのノール県出身。1950年代からの社会主義運動の叩き上げの闘士として党内で指導的立場となり、1966年には(旧)社会党(SFIO)のギー・モレ書記長に次ぐ党ナンバー2となり、ド=ゴール政権と対峙した。

その後、60年代末のSFIO崩壊後、71年にエピネー大会で(新)社会党(PS)が結成されると、ミッテラン第一書記に次ぐ党ナンバー2に就任、共産党を抜いて社会党を野党第1党に押し上げた。1981年にミッテランが第五共和政下で初の社会党大統領となると、その下で同じく初の社会党首相となり、共産党との左翼連立政権を組織した。ルノーの国有化、労働時間短縮など伝統的な社会主義像に基づく政策を推進したが、やがて財政上の行き詰まりが生じ、84年にファビウス首相(現エロー内閣外相)に譲って辞任。同時に共産党は政権から引き上げたが、かえって政策遂行上のフリーハンドを得た。

1988年にはミッテラン大統領の下で党務を預かる社会党第一書記となり、党内各派の調整にあたった。
また1992年には社会主義インターのトップである第6代議長(現在のパパンドレウ議長は第8代)に就任し、6年間続けた。またその間フランス元老院(上院)議員に選出され、ミッテラン大統領から引き継いだシラク大統領による1995年の核実験再開に反対を表明するなどした。その後も社会党の重鎮として、政局の節目節目に存在感を示していた。

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2013-06-06

【パキスタン】シャリフ氏首相復帰、人民党政権喪失

先月に総選挙が行われたパキスタン国民議会(下院、定数342。うち女性留保議席60、宗教的少数派留保議席10)が1日に召集され、5日に保守中道のパキスタン・ムスリム連盟ナワズ・シャリフ派(PML-N)のシャリフ総裁を正式に首相に選出、同氏は当日のうちにザルダリ大統領(社会主義インター加盟政党のパキスタン人民党(PPP)共同総裁)の前で就任宣誓を行い、13年ぶり3度目の首相に就任した。これにより過去5年、汚職や経済無策を批判されてきたパキスタン人民党は、正式に政権を失ったが、同時にパキスタン初の任期満了による平和裏の政権交代を実現した。

PML-Nは下院の過半数獲得が微妙視されていたが、選挙後に小政党の吸収や無所属議員の入党、再選挙などによって下院召集までに過半数を確保、シャリフ新政権は単独政権として出発することになった。しかし、かつて99年に軍部との対立しムシャラフ陸軍参謀長(当時。のち大統領)のクーデターによって政権を追われたシャリフ新首相には、軍との軋轢を懸念する声も強い。これに対しシャリフ首相は国防相と外相を事実上、自ら兼任することで外交および安全保障の直接掌握に乗り出す構え。

だが先月28日、アメリカ軍の無人機(ドローン)がイスラーム過激派であるパキスタン・タリバン運動(TTP)ナンバー2を殺害し、これを受けてTTP側がシャリフ陣営を窓口と指定していた和平提案を撤回するなど、情勢の不安定さは続く模様。シャリフ新首相はこれまでアメリカ軍のドローン攻撃については批判的な言動をみせていたが、同時にアメリカの経済援助を必要とする立場でもあるためTTPがこれを「二枚舌」として報復攻撃を強化する可能性も高く、さらにザルダリ大統領の汚職訴追、国内の電力不足やインフラ整備、加えて上院でなおPPPが多数を握る状況(104議席中PPPが41議席、アワミ民族党(ANP)が12議席で、両前与党が過半数を握っている)など、難しい政局運営を迫られる。

新しい下院の留保議席を含む勢力分野は次のとおり(カッコ内は前回下院選挙比)。

パキスタン・ムスリム連盟ナワズ・シャリフ派(PML-N) 188(+99)
パキスタン人民党(PPP) 40(-84)
パキスタン正義運動(PTI) 35(前回ボイコット)
統一民族運動(MQM) 23(-2)
イスラム法学者協会ファズルル・ラフマン派(JUI-F)15(+7、前回は政党連合「統一行動評議会」)
パキスタン・ムスリム連盟実用派(PML-F)6(+1)
イスラム党(JI)4(前回「統一行動評議会」を離脱しボイコット)
パシュトゥンクワ・ミリ・アワミ党(PkMAP)4(前回ボイコット)
パキスタン・ムスリム連盟クアイディアザム派(PML-Q)2(-48)
アワミ民族党(ANP)1(-12)
バロチスタン民族党(BNP)1(±0)
民族ワタン党(QWP)1(±0、前回はパキスタン人民党シェルパオ派)
民族党(NP)1(前回ボイコット)
アワミ・ムスリム連盟(AML)1(+1、前回総選挙後に補選で議席確保し、実質は±0)
その他 11
未確定(再投票中) 3
未確定(投票延期など)6

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2013-06-01

【ブルガリア】社会党が支持する新政権が成立

5月29日、ブルガリア国民議会(定数240)は無党派のオレシャルスキ元財務相を首相に選出し、新内閣が樹立された。オレシャルスキ新首相は5月12日の国民議会総選挙で第2党となった社会党(BSP、旧共産党。社会主義インター加盟政党)中心の「ブルガリアのための連合」と第3党となったトルコ系住民に支持される「権利と自由運動」(MRFまたはDPS)の賛成によって首相に選出された。第1党となったボリソフ元首相が率いる中道右派「欧州発展のためのブルガリア市民」(GERB)は反対、極右のアタカは棄権に回った。

12日の総選挙は再集計などを経て、GERBが97議席、ブルガリアのための連合が84議席、権利と自由運動が36議席、アタカが23議席となり、旧与野党が完全に120議席ずつと拮抗する勢力分野となった。GERBが憲法に従い最初に組閣する権利を得てボリソフ元首相の復帰を期したが、アタカの閣外協力解消で繰り上げ総選挙に至った経緯もあり組閣できず、第2勢力のブルガリアのための連合に組閣の権利が移った。しかしスタニシェフ社会党党首(元首相)は権利と自由運動と合わせてもちょうど半数にしかならない情勢を鑑みて自らの首相就任を辞退し、かつて自らの内閣で財務相を務めた無党派のオレシャルスキ氏を担ぎ出すことで権利と自由運動と合意した。GERBはこれに反対したが、アタカが棄権の形で消極的に支援したため賛成票が反対票を上回り、オレシャルスキ新首相の誕生となった(国民議会が正式承認する前の予備的な推薦投票ではGERBからも1票の賛成票が入った)。新首相は就任後「奇跡は約束できないが、全力を尽くす」と声明を出し、実務家らしくポピュリズム的な路線との距離感をにじませた。オレシャルスキ新首相はかつて保守政権で副財務相を務めたこともある人物で、自身に政治色はない。新内閣も社会党および権利と自由運動から入閣した閣僚もいるが、大半は無党派の実務家となっている。なお17名の閣僚中、女性が6名を占めた。

しかし事実上の政権交代を果たしたとはいえ国民議会のちょうど半数、120議席の支持しか得ていないオレシャルスキ政権はわずか1議席の造反でも不信任される可能性があることを意味し、また無党派で実務家の人士であって政党に確固たる基盤がないこともあって、その前途は決して安泰とは言えない。なおブルガリアは議院内閣制であり国民議会議員から首相が選出されるのが通例ではあるが、憲法上は非議員首相を認めており、過去には1992年から94年にかけて第3党に過ぎなかった権利と自由運動が推挙した経済学者のベロフ氏が首相として当時第2党の社会党からも支持を獲得し政権を維持したなどの例もある。

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プロフィール

西形公一

Author:西形公一
もと「民社ゆーす」(旧民社党全国青年部系)事務局長。昔は漫画と法律のことなどをやっていましたが、その後にインド・ネパール・タイなど熱帯アジアの国ぐにとパシュミナを軸とする小口貿易やNPO、研究活動など人とのつながりなどの縁ができて、今に至っています。写真は夕刻のゴア(インド)にて。

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