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2012-08-22

【おくやみ/エチオピア】メレス首相が急死

エチオピア国営テレビは21日、メレス首相が国外の病院で死去したと発表した。感染症から順調に回復していたものの、20日に容態が急変したという。首相の職権はハイレマリアム副首相兼外相が暫定的に引き継いだ。
メレス首相は1991年、当時の反政府武装勢力エチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)の書記長としてエチオピア労働者党(共産党)のメンギスツ独裁政権を倒して暫定大統領に就任。その後、議院内閣制の導入に伴い首相に横滑りし、国内の各民族を結集しながら統合を進めてきた。メレス首相自身も国内少数派のティグレ族出身で、所属するティグレ人民解放戦線もEPRDF内の最大勢力ではない。
EPRDFはメンギスツ前共産政権と違って複数政党制を導入し、EPRDFはそのなかで連邦主義的な民主社会主義政党となったが(ただし社会主義インターには非加盟)、分離独立したエリトリアとの国境紛争や隣国ソマリアの内戦に介入するなど軍事色が強く、政治的抑圧や人権侵害も指摘されていた。いっぽうアメリカ主導の対テロ戦争に協力し、東アフリカにおけるアメリカの主要な提携相手とみられてきた。また国内にもそれなりの法治と社会的安定、経済成長をもたらしていた。もっとも2010年の総選挙では複数政党制にもかかわらずEPRDFおよび協力政党からの当選者がほとんどで野党からの当選者はわずかな数にとどまり、複数政党制の形骸化を指摘されもしており、その評価には毀誉褒貶がある。
今後は独裁的とも言われた強力なリーダーシップでエチオピアを牽引してきたメレス首相亡き後、エチオピアが民主化と安定の方向に進めるかどうかが注目される。

エチオピア人民革命民主戦線 公式サイト(英語・アムハラ語)
http://www.eprdf.org.et/web/guest/home
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2012-08-09

【コンゴ共和国】与党・労働党が圧勝、社民派及ばず

アフリカ中部のコンゴ共和国(コンゴ・ブラザヴィルのほう。キンシャサを首都とするコンゴ民主共和国とは別の国なので注意)で7月に行われた国民議会(下院。定数139、小選挙区二回投票制)の結果が公表され、サスヌゲソ大統領を支える与党で一党独裁時代の元・共産主義政党であるコンゴ労働党(PCT)が圧勝した。
7月15日に行われた第一回投票の段階で、労働党は確定した69議席中の57議席を確保し、さらに労働党と連立を組む政党および候補者が10議席を獲得し、圧勝は確実視されていた。その後、30日に行われた第二回(決選)投票に回った67小選挙区のうち労働党は32議席を得て、第一回投票での確定分とあわせて89議席を確保。これに労働党と連立を組む諸政党9、与党系無所属議員12をあわせて与党系合計で110議席となった。労働党は特にサスヌゲソ大統領の出身地であるキュヴェト地方で強く、ここではほぼ一党独裁期と変わらない選挙戦となったと伝えられている。またサスヌゲソ大統領の二人の子供も当選し、同大統領による独裁および同族支配の傾向が強まる結果となった。
野党は複数政党制導入後に一時政権を獲得したリスバ前大統領(内戦後にサスヌゲソ大統領により追放・亡命を余儀なくされ、同大統領の復帰を許した)の汎アフリカ社会民主主義同盟(UPADS。社会民主主義政党だが、社会主義インターには非加盟)、およびコンゴ民主主義統合開発運動(MCDDI)がそれぞれ7議席を獲得したほか、非与党系の諸派・無所属候補が12議席を獲得した。残り3議席については空席となり、選挙が延期されて後日に行われる見通し。
与党・コンゴ労働党は冷戦期には共産主義、マルクス=レーニン主義を掲げる親ソ・親東側政権の一党独裁政党だったが、冷戦終結後の複数政党制導入に伴い共産主義を放棄し、現在は社会主義を掲げる政党となっている。ただ、その社会主義の中身については不明瞭な点も多く、サスヌゲソ大統領(一党独裁期にも大統領だった)の個人支配や武力支配の傾向もあわせて、共産主義的な一党独裁体質から抜け出していないという観測も強い。

選挙の詳しい結果は次のとおり(カッコ内は前回比。前回より2議席増)。

コンゴ労働党 89(+43)
汎アフリカ社会民主主義同盟 7(-4)
コンゴ民主主義統合開発運動 7(-4)
与党系諸政党 9
与党系無所属 12
非与党系諸政党・無所属 12
空席 3

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プロフィール

西形公一

Author:西形公一
もと「民社ゆーす」(旧民社党全国青年部系)事務局長。昔は漫画と法律のことなどをやっていましたが、その後にインド・ネパール・タイなど熱帯アジアの国ぐにとパシュミナを軸とする小口貿易やNPO、研究活動など人とのつながりなどの縁ができて、今に至っています。写真は夕刻のゴア(インド)にて。

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